相続発生前に、多額の借入金により不動産を取得した事例
相続発生開始前に、多額の借入金により不動産を取得するのは相続税負担の軽減が目的と推測されるので、特別の事情があると認められる。したがって、不動産鑑定評価による評価が相当であるとした事例
(札幌(諸)平28第15号・平成29年5月23日公開)
本件事案の概要
相続人は、相続により取得した財産の価額について、評価通達に定める方法により評価して相続税の申告をしたところ、原処分庁が、一部の土地および建物の価額は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして、国税庁長官の指示を受けて評価した価額により相続税の更正処分等をしたのに対し、請求人らが原処分庁全部取消しを求めた事案である。
請求人の主張
本件不動産については、次のとおり、評価通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情はない。
評価通達とは別の評価方法によって評価して本件更正処分をしたことは、国税 庁長官が発した評価通達に従って財産評価を行い、本件申告をした請求人ら納税者の信頼を裏切るものであり、法の一般原則たる信頼保護法理に違背し、違法である。
原処分庁の主張
本件不動産については、次のとおり、評価通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情がある。 本件不動産通達評価額は、本件不動産の取得価額および本件不動産鑑定評価額の30%にも満たない僅少なもので、著しい価額の乖離がある。
以上のとおり、本件不動産の評価に当たり、評価通達に定める評価方法を形式的に適用することによって、実質的な租税負担の公平が著しく害されることとなることは明らかであるから、本件不動産には評価通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情がある。
したがって、本件不動産は、評価通達6の定めにより、国税庁長官の指示に基 づき評価することとなり,当該指示に基づき評価した価額である本件鑑定評価額は相続税法第22条に規定する時価を適正に反映している。
審判所の判断
本件被相続人が本件不動産を取得した時は、本件被相続人が、事業承継について銀行に相談し、その事業承継のための方策の一環として請求人と養子縁組し た時期に近接した時期である。
本件被相続人は、
1. 事業承継に伴う遺産分割や相続税の負担を懸念し、銀行に対し診断を申し込んだ事
2.銀行から、借入金により不動産を取得した場合の相続税の試算および相続財産の圧縮効果についての説明を受けていた事
3.本件不動産の購入資金の借入れの目的が相続税の負担の軽減を目的とした不動産購入の資金調達にあると認識していた事、および
4.事業承継のための方策の一環として請求人と養子縁組をした時期と近接した時期に本件不動産を取得している事を総合すれば、本件被相続人の本件不動産の取得の主たる目的は相続税の負担を免れることにあり、本件被相続人は、本件不動産の取得により本来請求人らが負担すべき相続税を免れることを認識した上で本件不動産を取 得したとみることが自然である。
このように、本件不動産について、本件通達評価額を課税価格に算入すべきものとすると、 請求人らが、本件不動産を取得しなかったならば負担していたはずの相続税を免れる利益を享受するという結果を招来する。
これは、本件被相続人が相続税の負担の軽減策を採ったことによるものであり、このような事態は、同様の軽減策を採らなかったほかの納税者との間の租税負担の公平はもちろん、被相続人が多額の財産を保有していないため、同様の軽減策によって相続税負担の軽減という効果を享受する余地のないほかの納税者との間での実質的な租税負担の公平を著しく害し、 富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反する著しく不公平なものであるといえる。
請求人は、 評価通達に定める評価方法とは別の方法による評価額に基づき更正処分をすることは、納税者の信頼を裏切るものであり、信頼保護の原則に反する旨主張する。 しかしながら、 評価通達 6 が 「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」 と定めているとおり、 評価通達自体、 評価通達に定める評価方法による評価がいかなる場合にも適用されるものではないことを明示しているのであるから、 その主張の前提を欠くものというべきである。 したがって、 この点に関する請求人の主張は採用することができない。
コメント
請求人は、本件不動産については評価通達に定める評価方法によらないことが相当と認められる特別の事情がないので、評価通達に定める評価方法で評価すべきだと主張する。 しかし、被相続人が多額の借入金により不動産を取得することで相続税負担の軽減を目的として本件不動産を取得したと認められる。 また、 多額の借入金が評価通達に定める評価方法による評価額を著しく上回り、借入金債務が本件不動産以外の相続財産の価額からも圧縮できる程度に多額なものであり、請求人らが負担すべき相続税を免れるという結果になった。 評価通達に定める評価方法を画一的に適用することによって税負担の公平を害することは明らかなので特別の事情があると認められる。
よって、不動産鑑定評価に基づく評価が相当であると審判所は判断した。
本件不動産の通達評価額は不動産鑑定評価額の約30%未満の価額であり、時価と著しい価額の乖離があることが特別の事情があると審判所が判断したものである。